CULTURE

ベトナムの戦場を歩いた開高健の書斎が、茅ヶ崎にある

ベトナム戦争の最前線を取材し『ベトナム戦記』を書いた開高健。その晩年の家が、東海岸南に残っている。

PLACES
書斎のイメージ写真。開高健記念館の実際の書斎・展示の写真ではありません。
IMAGE PHOTO 書斎のイメージ写真です。開高健記念館の実際の書斎・展示の写真ではありません。 Photo: Sofie D. (@needeeja) / Unsplash

1964年11月、34歳の開高健は朝日新聞社の臨時海外特派員としてベトナムへ向かった。『裸の王様』で芥川賞をとってから、6年ほど経った頃の話だ。

現地からは「週刊朝日」に毎週原稿を送り続け、翌65年2月には南ベトナムで従軍取材中に包囲され、どうにか死地を脱出している。帰国したのは2月24日。そこから原稿を大急ぎでまとめ、3月にはもう『ベトナム戦記』が朝日新聞社から出ていた。帰国から1ヶ月足らずの緊急出版。開高健記念会はこの本をルポ文学の一つの頂点と紹介している。

戦場で見たものは、その後の小説にも流れ込んでいく。『輝ける闇』も『夏の闇』も、ベトナムでの体験がもとになった長編だ。ただ、最初の一冊なら、現場の空気がそのまま詰まった『ベトナム戦記』がいいかもしれない。いまも朝日文庫で読める。

で、ここからが茅ヶ崎の話

1974年、開高健は茅ヶ崎市東海岸南に移り住み、1989年に58歳で亡くなるまで、ここを拠点にした。エッセイには、海岸から数百メートルの家で暮らす自分のことをこう書いている。

ひっそり起居している 開高健『国境の南』より(開高健記念会ウェブサイト掲載の引用による)

週に2回、夕方に水泳教室へ出かける以外は、ほとんど家にこもっていたらしい。とはいえ、ずっと家にいたわけでもない。アマゾンを旅した『オーパ!』、アラスカでのキングサーモン釣り。地の果てまで出かけては、またこの書斎に帰ってくる。そんな晩年だった。

その家がいま、茅ヶ崎市開高健記念館になっている。建物の外観、書斎、そして本人が名付けた「哲学者の小径」のある庭は、当時のまま。書斎の壁には、自分で釣り上げたイトウやキングサーモンの剥製とルアー。奥にはアラスカの地図が貼られていて、あれこれ書き込みが残っている。展示コーナーでは生涯を4つの時代に分けて紹介していて、ベトナム戦争との結びつきもそのひとつだ。

先に『ベトナム戦記』を一冊読んでおいて、それからこの書斎と哲学者の小径を訪ねてみる。開高健記念館は、そんな順番で歩いてみるのも面白いかもしれない。

TEXT — CAME編集部
ベトナム戦記朝日文庫|まずはこの一冊
輝ける闇新潮文庫|ベトナム体験をもとにした長編
オーパ!集英社文庫|茅ヶ崎時代の釣り紀行

PLACE INFO — 茅ヶ崎市開高健記念館

  • 住所神奈川県茅ヶ崎市東海岸南6-6-64
  • 開館金・土・日曜、祝祭日
  • 時間4〜10月 10:00〜18:00/11〜3月 10:00〜17:00(最終入館は各30分前)
  • 入館料200円(茅ヶ崎ゆかりの人物館との2館共通券 300円)
  • アクセスJR茅ヶ崎駅南口から約2km。コミュニティバス「開高健記念館」下車すぐ

最新の開館情報・臨時休館は公式サイトでご確認ください。

  1. 公益財団法人 開高健記念会「開高健記念館」
    https://www.kaiko.jp/開高健記念館/「ひっそり起居している」は同ページ掲載の開高健『国境の南』からの引用。「哲学者の小径」は同ページ記載の庭の名称。
  2. 公益財団法人 開高健記念会「展示について」
    https://www.kaiko.jp/開高健記念館/展示について/「ベトナム戦争との結びつき」は常設展示の説明からの引用。
  3. 公益財団法人 開高健記念会「開高健 年譜」
    https://www.kaiko.jp/開高健について/開高健-年譜/
  4. 公益財団法人 開高健記念会「著作紹介」
    https://www.kaiko.jp/開高健について/著作紹介/「ルポ文学の一つの頂点」は『ベトナム戦記』紹介文からの引用。

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